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樫根 久澄氏 株式会社 SparkNow「デジタル名刺で世界に革命を」

幼少期は計6年、アメリカ、デトロイトやLAに在住に在住していました。帰国後は、早稲田大学政治経済学部に進学しましたが、俳優、バックパッカー、海外インターンシップなど、やりたいと思ったことは全て実行してきました。

渋谷のスクランブル交差点にある山Pの看板を見て、自分も大きくなるためには俳優になるしかないと芸能事務所に入り活動を開始しましたが、芸能界で売れるためには10年以上かかると思い1.5年で辞めて、バックパッカーとしてタイ、マレーシア、インドなどアジアを周遊しました。

でかい男になるためにはメンタルを鍛え直さないといけないと思い、きつい環境下=ドラマバンビーノの松潤や!という浅い発想から料理人の世界へ飛び込みました。料理人と働き日々キレられながらも日々メンタル強化を実感できました。

料理人の世界は見たが、将来に向けてもっといろんな世界を見なければと思い海外移住を決意しワーホリでパリへ。パリでは昼は語学学校、夜はフレンチの厨房で働き、土日はヨーロッパ周遊をする中で、様々なバックグラウンドの人々と出会い価値観を広げることが出来ました。日本に帰国後、欧州以外の国も見たいと思い、インターンでアフリカウガンダへも渡航しています。

双日株式会社(商社)に新卒入社。双日株式会社では、晴れて新卒で商社マンになったものの、当初配属されたのは財務部為替証券課。ここで徹底的に上司、先輩から自分の無力さを思い知らされる日々でした。財務部為替証券課では、為替リスクヘッジ業務やマクロ経済分析レポート作成などに従事しました。

商社は海外で幅広くビジネスを手がけているため、日本円で計算した時の業績が為替リスクにより受ける影響が大きく、そのリスクを軽減するための部署です。しかし、為替リスクヘッジ業務はSAPを使ったマニュアル業務が基本です。また、毎週全社向けのマクロ経済分析レポートを作成する必要があり、この作成に当初丸々土日を潰さなければなりませんでした。(内容が悪いと上司、先輩から詰められまくる)マニュアル業務や文章作成が苦手だった私にとっては地獄の日々でした。

それでもなんとか続けられたのは、絶対に将来見返したいという反骨心からです。

その後、当初年収を半分にしてITベンチャー企業に転職し、開発拠点現地責任者としてベトナムへ移住しました。

わからないだらけの中、やれることは全て対応しました。まずはベトナム開発拠点の立て直しと拡張。私がジョインした当初のベトナム開発拠点は急拡大してエンジニアが40名いましたが、会社機能が何もまだ整備されていない状況でした。そこでまずは現地管理部長として、財務、人事労務、採用、法務、総務などを体制整備を試みたのです。その後、COO→CEOとしてマネージメント体制強化、エンジニア採用を続けて、約400名の組織へと拡張できました。

また、2018-2019年にAIが流行ってきた当時、べトナムではAIエンジニアが少なかったため、エンジニアリソースを求めてウクライナへ飛び開発チームを組成しました。画像認識系プロジェクトを中心に、日本でクライアントワーク、ベトナムでアプリケーション開発、ウクライナでAIモデルの開発を推進しました。当時はAIプロジェクトのPMとして、日本、ベトナム、ウクライナを飛び回る日々でした。

その傍ら自ら0→1の事業開発もしたかったため、ベトナムにて宿泊業、飲食業のオーナーとして事業立ち上げも経験しています。

日本に帰国し、知り合いの医師がbody archi や自分deエステのような完全に効率化された美容皮膚科クリニックを立ち上げたいということで、HADA LOUNGEクリニックを共同創業。元来の美容クリニックは一回あたり〇〇円というショットでのビジネスモデルが中心でしたが、HADA LOUNGEクリニックでは日本初にてサブスク型にすることで、顧客フレンドリーな価格設定と、継続+データ蓄積による施術効果の最適化が見込める、という思いで、表参道、新宿、池袋と拡大しました。

その後、当時オンライン診療が本格的に解禁されて市場拡大のモメンタムが著しかったことや、HADA LOUNGEクリニックというリアル店舗で価値提供できる顧客数は限界があると感じ、オンライン診療サービスANS.をNeautech社にて立ち上げ。Neautech社では、Beyond Next Ventures株式会社、事業会社、個人投資家の方々から資金調達を実施しました。

自分の強みである、システム開発×事業開発×グローバルを軸に、更なるビジネス地盤固めを進めていきます。具体的には以下の2社の運営に力を入れていきます。

1)デジタル名刺 SparkNow社

世界の名刺市場の7-8割が日本だと言われていますが、日本の労働生産性の低さを助長している一因がこの紙名刺文化だと感じています。紙名刺の情報量の少なさではそもそも何をしているのかがわかりません。しかも紙名刺をもらっても名刺管理サービスに登録するのに別途時間がかかります。そしてその時には何を話したか、何をしている・してきた人なのか、忘れてしまっています。こんなことを続けているから日本は無駄にミーティングの回数は多く時間も長い上に、出会いを次に繋げられない機会損失も生んでしまっていると感じます。

そこでパッと自分のことが伝えられて、パッと繋がりが生まれて、次に繋がる世界を作れれば少しは日本の労働生産性も上がるのではないか、そう思いSparkNowを立ち上げました。

2)システム開発:d.w.社

日本が世界に負ける一因となったソフトウェア産業の一助になるために、システム開発の民主化を推し進めます。具体的には、顧客ニーズと予算に合わせた「開発手法の選定〜開発チーム組成とマネージメント〜開発物のクオリティーチェックと納品」を一気通貫で行う企業です。また、ニーズに応じて開発物の運用内製化までサポートします。

d.w.社は、元々樫根がベトナム開発会社を経営していた時に感じていた負を解消するために立ち上げています。エンジニアリソースを抱えていると、そのエンジニアアセットに応じた開発手法と価格でしか顧客に開発サービスを提供できません。しかし、今の時代顧客のニーズが多様化している中で、ニーズによってはノーコード、オフショア、ニアショア開発などの開発手法が考えられますし、開発者も実績がある・なしではアウトプットが全く違ってきます。

d.w.社ではエンジニアリングを理解しているPMのみを抱え、エンジニアは開発手法と予算・実績に合ったチームと協業して、顧客にあった開発チームを組成します。見積取得やクオリティチェックも開発を理解しているd.w.社のPMが行うので、ぼったくられたりクオリティが低いものが納品される懸念もありません。

システム開発は私のキャリアの軸となります。技術の民主化を進める上で、受託ビジネスとして企業様をサポートさせて頂いています。システムは様々な領域での事業案が出てきますが、その中からSparkNowの名刺事業も開始しました。

私は事業をするにあたり大切にしていることが4つあります。

1)自分の強みが最大限に活かせる領域であること。
2)自分自身がユーザー目線になれる領域。
3)ソフトウェアを活用することで拡張性、汎用性に繋がるサービス。
4)社会に大きな変革を与える可能性がある事業。

これらの点を考慮してデジタル名刺事業を開始しました。世の中にインパクトあるものとして育て、見届ける上で大きな可能性価値を感じています。

さらに今後意識していきたいのは、グローバル事業推進です。今後は日本市場はもちろん、海外進出への地盤を固めていきたいと思います。国籍を超えた価値観で、グローバルで事業を作るのが当たり前になる。そんな土台作りに貢献できればと思います。

樫根 久澄さん

会社:株式会社 Sparknow 代表取締役社長
大学 :早稲田大学 政治経済学部卒
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